講座「ティク・ナット・ハン『イエスとブッダ:いのちに帰る』」 ご案内音声書き起こし


※15分間の書き起こしです。話し言葉、表記の不統一などの不備もございますが、談話そのままの雰囲気といたしまして、お読みいただけましたら幸いです。

 

◎『イエスとブッダ』、どういうお話なんですか?

『イエスとブッダ』っていうふうに日本のタイトルはなってるんですけど、もともとの英語のタイトルは、Going homeっていいます。
じつはティク・ナット・ハンの本で、最初に読んだ本なんですよ。英語で読んだんですけど。
Going homeは、家に帰ろうってことじゃないですか。この本で何が語られてるかっていうと、自分のなかに自分の家があるんだ、人はその、自分のなかにある家を見失って、外に在り処を求めようとしている。それをもう一回取り戻そうっていう大きなテーマがまずあるんですよね。
そのときに、イエスとブッダという、とっても大きな道しるべになってくれた人がいて、仏教徒の人はイエスに、キリスト教徒の人がブッダに、とってもよく学ぶことができるんだと。自分が今まで見てきたものと違うところに学ぶことで、自分の家に帰れるって、そういう本でもあるんです。


◎自分の家に帰るっていうところ、くわしく話していただけますか?

それは、本当に落ち着ける場所で、自分を受け入れてくれる場所で、自分と出会える場所で。結局われわれは、自分と出会う場所を見失ってるってのが、現代だと思うんですよね。それを何かもう一度発見していきましょう。ありのままの自分でいいって、ほんとうにそう思える場所っていうのを、われわれは見つけていけるといいんじゃないかなと思うんですよね。

◎そうすると何か迷いとかそういうものから少し自由になったり、たとえば人がどう評価するか、人間づきあいとかで悩んだりとかっていうことから、少し楽になっていくような感じでしょうか。

あるいは、迷ってもいいっていうふうに思えることかもしれないね。迷いから解放されるというだけじゃなくて、人は迷っていいんだ、迷うっていうのもまた人生だ、っていうふうに思えるんじゃないかなと思うんですけど。


◎なんか、すごく温かい感じがする

ティク・ナット・ハン自身がもう、すごく温かい人だから、ぜひそこを皆さんと味わってみたいなと思うんです。

◎ティク・ナット・ハンはお坊さんということでいいのですよね。どんな方なんでしょうか。

ベトナム戦争があって、ティク・ナット・ハンはベトナムをあとにするんです。それでフランスを本拠地に活躍するようになるんです。ダライ・ラマと並んで本当に世界的な影響力を持ってる人。
IT企業なんかにティク・ナット・ハンが出向いて講演をして、それがものすごく反響があって効果もあって、現代のビジネスの最先端で働いてる人たちに失われているのはそういう自分の家なんだ、あるいは自分とつながることなんだということを語り続けてくれた人でもある。
もちろんベトナム戦争を経験しているので、平和に対しては大変強い思いを持ってた人でもあるし、あともともとその宗教の違いっていうのは、わかり合うために違うんだというふうに積極的に捉えてた人でもあるんですよね。


◎宗教の問題って今、再燃してるというか注目されていますよね。キリスト教徒でもない仏教徒でもないっていう人が日本人はけっこう多いかもしれないんですが、そういう人たちがそこから学べるものはどういうものなんですか?

いいご質問ですね、わたしたちは、宗教の彼方にあるものを学びたいと思うんです。
宗教が、たとえば仏教、キリスト教、〇〇教っていうような地平だとしたら、多くの日本人の人たちは一つの宗教に固まるというか、閉ざされるのはちょっと心が苦しくなるような感じだと、もっと自由になりたいと、思ってると思うんですよね。そう思う気持ちはとてもよくわかる。
宗教というのは、宗教の奥にある世界への扉なんですよ。どの扉を選ぶのかは、気質が違うようにいろんな扉があっていいんだけども、いまそれこそ、扉のふりしてその先が行き止まりっていうものが、世の中にはある。
ティク・ナット・ハンやしっかりした宗教者の人たちは、アップダウンがあったりしてもちゃんとどこかにつながるってことを教えてくれる。
ティク・ナット・ハンは、特定の宗教を持ってない人でも、その彼方へ行きたいっていう、とっても強い思いがあるんじゃないかってことを、われわれに思い出させてくれてるんじゃないかなと思うんですよね。

◎特定の宗教への誘いでもないし宗教を持たないとだめっていうような話ではぜんぜんないですね。

ぜんぜんないですね。まずティク・ナット・ハンもそうだし僕自身も、特定の信仰に入ることをすすめたことは一度もないし、それがいいともぜんぜん思ってないんです。そうじゃなくて、ただ人間を超える大いなるものっていうものが、われわれの世界にはいるんだということ。われわれの世界のなかには、人間を小さくしてくれるようなはたらきがある、小さいって、とてもいいことで、そういうことを考えていくのは大事なんじゃないかなと思うんですよね。

◎ティク・ナット・ハンの著書って読みやすいというか、何かちょっと簡単に思えちゃう場合もあるのかなって思ったりするんですけど。もちろん平易だしそれはいいことなんですけど、何度も読みたいとか何冊も読みたいみたいな気持ちにならない場合もあるのかなって。

そうね、そこはみなさんと打ち破っていきたいですけれどね。ティク・ナット・ハンの本を読んでいて「これ聞いたことある」って思うじゃないですか。その気持ちよくわかるんです。でもね、これ聞いたことある、でもそれが実践できているかって問い直すと、急にあっ、て思うじゃないですか。これ頭でわかる、言ってることもわかる。でも実践できてるかって、できてない。あなたがまだそれを身につけていないんだったら、もう一度私の話を聞いてくれないかっていう、ティク・ナット・ハンの優しい呼びかけなんだと思うんですよ。
だから頭でわかってるってことと、それが実践できてることは違うし、それが腑に落ちることも違うし、やってみたいと思うこととも違うから、同じ話なんだけど、違うところに入ると思って聞いていただけるとありがたいなと思う。

◎今ね、いろんな紛争があったり、戦争と呼ばれる状態があったりとかして、ちょっと遠い国だったりするとわたしたちはニュースで見たときはああ、と思ったり、心配になったり同情したり、いろいろあるんですけど、でもそういうところからちょっと離れて、傍観者のように見てしまうところがあって。
けれど宗教っていう問題が、いろんな問題が出てきていて、その間をつなぐっていうか、平和を求める心と、宗教を今どうしたらいいのか、その間みたいなものになるのかなとか、思ったんですよね。

宗教は、自分を救うための道、あるいは自分が救われる道っていうふうに考えてる人は少なくないと思うし、確かにそういう側面もあるんですけれども、やっぱり自分と他者をつなぐ道でもあるんだと思うんですよ。あるいは自分と過去をつなぐ道、自分と未来をつなぐ道。
わたしたちがいつまでも不安から逃れることができないのは、自分が自分がっていう気持ちが強いからだ、ってティク・ナット・ハンはいいますね。
平和っていうのは、たとえば自分と違う人たちとつながることだし、自分の歴史っていうものをもう一つ深くかみしめ直してみることに違いないし、ティク・ナット・ハンの言葉は、そういうところにわたしたちを連れ戻してくれるっていう感じはしますよね。

◎ゴーイングホームって、心の平和と世界の平和みたいなものが、どこかでつながってくるみたいな感じがあるといいのかなと思いますね。

おっしゃる通りですね。ホームって、今おっしゃっていただいたように二重の意味があって、今われわれが生きてる世界そのもの、そしてわたしの心のなかにある見えない家、この二つが実はとっても深くつながりながら存在しているっていうのが、ティク・ナット・ハンがこの本でわたしたちに伝えようとしてくれてる、とても大事なことだと思うんですね。

◎多くの人に聞いていただきたいですね。「こころの時代」などでも若松さんは宗教の問題について語ったりして、その反響が今回すごく多くて、講座にもお申し込みいただく場合もあったり、メールもたくさんいただいたりしてるんですけど、そのあたり若松さんはどんなふうに受け止めてます?

とても関心が強いということを改めて感じたのと、やっぱり僕は今の時代的反響っていうよりも、みなさんやっぱり、長く心のどこかで問い直されていたんじゃないかって感じがしますね。
いま考えた、いまこういう事件があったから考えた、っていうんじゃなくて、どこかで考えていても真剣にずっと考え続けるって大変なので、ちょっと後回しにしてるっていうのが、現代人じゃないかなと思うんです。
さすがにそれが難しくなってきて、一度どこかで考えなくちゃならなくなったっていう感じはやっぱりして、そのご反響だったんじゃないかなと思うんですね。
その答えなんか、もともとないから、考え始めたっていうことが、もうある意味ものすごいことであって、それをみなさんと分かち合うことができれば、そこで考える世界とはまた違うところが開けてくると思います。
ティク・ナット・ハンのような、アジアで生まれたわれわれの同胞で世界で活躍して、いろんな人との対話のなかで、伝わること伝わらないことを経験して、だからこそ発見した言葉、そういうものも、学んでいけるんじゃないかなと思うんですよね。

◎いまわたしたちに、ある意味、優しく問いかけてくれるような、そういう本ってことなんでしょうか?

ティク・ナット・ハンの本はいつかやりたい、いつかやりたいと思ってこんにちまで来たんですけど、いま僕があの本に出会っている動機は違って、いつかっていうよりもいまこそって感じなんですよ。この戦争の時代、自分を見失った時代、宗教というものがわからなくなってしまった時代に、ティク・ナット・ハンのような、しっかり大地に足を踏みしめながら、いろんなものに開かれて、そしてその他とぶつかることなく、違うものとのなかに可能性を見出していくような、そういう人の言葉は、現代にとても必要なんじゃないかっていうふうにも思ってますけどね。


◎宗教はそれで争いや戦争を起こしてきたっていう側面もあるので、その逆、宗教と宗教の融和だったり、信仰持ってるからこそその先に行けるとか、本当の平和を求めるみたいなものが、本来はあるし、そういうものに憧れる気持ちや何か必要だなと感じることもあるけども、何か「けども」っていう時代だから、その気持ちを柔らかくしてくれるようなものを読んでみたいなっていうのはありますね

そうですね、あともう一つは、ティク・ナット・ハンはベトナム戦争を経験してるから、怒りという問題をとても大きく考えるんです。仏教はどういう宗教かっていうとやっぱり、苦しみと怒りなんですよ、苦しみと怒りっていうものをどう乗り越えていくのかっていうのが、仏教のとっても大きなテーマだと思う。


◎でもキリスト教でも、ゆるしとかよく出てくるじゃないですか、ちょっと違う?

怒りっていうのは、キリスト教よりも仏教ですね、やっぱり。ティク・ナット・ハンの本を読んでると出てくるわけ、ベトナム戦争でアメリカ兵に何か侮辱されて唾吐きかけられて、そういうふうにされたときにどうするかっていうような、すごくリアルな話が出てきて。われわれは誰かに唾を吐きかけられることはないかもしれないけども、唾を吐きかけられるような軽んじられ方で傷つくこともあるし。
怒りというのは一見すると暗い問題に見えるんだけど、このことを一回考えておくと、相当生きるのが確かになる。楽になるというより、確かになる。自分を怒らせる人が、弱くて、いままだちょっと未熟な状態にあるんだってことがわかれば、われわれ、怒りの耐え方が違うじゃないですか。
自分が至らなくて自分が怒ってるってふうに思うと、もう、出口ないじゃないですか。そうじゃない道っていうものを、何かティク・ナット・ハンの本を読みながら探っていきたいなっていうふうに思ってます。

◎怒りが暴走しちゃう場合もあるんですけどね。でも実際には怒ってるのは何か大事なものを守るために怒ってるっていうことも多いわけですよね。そこの違いということもありますよね。

とっても大事なことおっしゃっていただいて。怒りを考えるんじゃなくて、あなたが大事にしているものをほんとうに大事にできれば、あなたは怒りじゃない方向へ行くんだということを、ティク・ナット・ハンは言いたいんだと思うんです。
だから『イエスとブッダ』っていうタイトルとは、ちょっと違う本なんですよね、語られてるのはそういうことでもあるんだけど。
going homeって、彼自身がつけたタイトルで、僕も初めてティク・ナット・ハンの名前を見たときに、going homeじゃなかったら買わなかったかもしれないと思うんです。とてもいい本なので、ぜひみなさんといい時間を持てたらなと思っています。

◎going home ってちょっと涙がでそうです。なんですかね。

ほんとうに大事なことをやっぱり教えてくれてるんでしょうね。
いまおっしゃっていただいたように、内容というよりも、大事なことがそこにあるよって教えてくれるってことは、なにかわれわれにとって、とても懐かしいことだと思うんですよ。
そのことをわれわれに教えてくれてるのは、なんかありがたいですよね。

◎そういう本を皆さんと読めるといいですね。

僕もほんとうに光栄に思ってます。



■【音声講座】ティク・ナット・ハン『イエスとブッダ:いのちに帰る』第1回 配信予定日:2022年12月14日(水)
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